「うつ病」と診断された私。精神障害とのたたかい。

ひとり腕枕で寂しさを紛らわす失恋女子 [モデル:たけべともこ]

こんにちは、さかつ先生と申します。

ブログ開設して1ヶ月経ち、今のところ三日坊主になることなくほぼ毎日記事を投稿できています。普段なら1週間で飽きが来るのに、自分でもびっくりです。

さて、今回は私が患っている障害を告白します。

 

私は26歳の夏に「うつ病」と診断されました。

症状が悪化したことで当時働いていた仕事はクビになりました。

その後すぐに転職をしましたが、ここでも症状が悪化して再びクビに。

2ヶ月ほど休んで今働いている会社に就職して無事に働いています。

今は一番の心の支えである同居人のバロガさんの支えのおかげで、なんとか仕事を休むことなく毎日生活できています。

私にどんなことがあったのか、興味のある方だけ読み進めてみてください。

仕事のストレスで働けなくなるレベルに・・・

私は自身のステップアップのためにと、転職を決意。

某大企業メーカーの子会社に無事転職できました。

子会社とはいえ、給与や福利厚生、コンプライアンスなど大企業の親会社に合わせているため、とてもしっかりした企業体制となっていたため、より充実した日々を過ごせると期待に胸を膨らませていました。しかし、私にはショックな出来事の毎日が待ち受けてました・・・。

仕事場では翌年定年を迎える女性司と私の倍の年齢の女性上司と3人で毎日経理業務をしていました。年が離れていて性別が違うこともあってか、無茶ぶりと冗談にしてはキツイ発言を毎日浴びていました。

そんな日々を続けていた時、私はパイコプラズマを患って一週間休養を余儀なくされました。申し訳ないなと思いながらも、日々のプレッシャーを受けなくて済むと思った時は安堵していました。

マイコプラズマが完治して会社に復帰した日から上司からの口当たりはさらに強くなりました。

「男のくせに体弱い」

「若いくせに病気で休んじゃって」

よくある中高年の若者いびりなのでしょうが、毎日この言葉を浴びせられ、とても心は傷つきました。

察しのいい社長は心配してくれて面談の機会をもらえました。その時に上司について相談しました。

翌日からは口撃はなくなりましたが、仕事を教えてくれなくなりました。そして数日後にはまたいびりが再開しました。

上司からの心無い言葉や仕事へのプレッシャー、疲れが蓄積された中で仕事帰りに、電車の中でパニック発作が起きてしまいました。

呼吸困難、手足の震え、視界のぼやけ・・・

仕事帰りの帰宅ラッシュの中、突然息苦しさとめまいが襲ってきました。

うまく立っていられず、そばにあった手すりに捕まりなんとか立っていたものの、息遣いが荒くなり、手足が無意識に震えだして、周りの乗客に心配されていたと思いますが、当時の私は「何やってんだよこいつ気持ち悪い」と被害妄想を膨らませて更にしんどくなっていました。

電車が止まりドアが開くと、一目散に電車を降りてベンチに腰掛けました。

その後数十分、呼吸が落ち着くまで電車を見送り、症状が治まってきたところで電車に乗り帰路につきました。

布団から出られなくなる

家に帰るとさっきまでのしんどさはすっかり消えて、普段と変わりのない生活を送れました。

しかし、寝る前に翌日のことを考えると次第にしんどくなっていき、なかなか寝つけれませんでした。結局何度も寝たり起きたりを繰り返してろくに睡眠がとれませんでした。

そして朝になると「会社に行かなきゃ、でも行くのがこわい!」と仕事場での不安を強く考えてしまい布団にくるまって出れなくなりました。結局定時出社に間に合う電車の時間を過ぎたところで会社に当日欠勤の連絡を入れました。

「明日からがんばろう」

そう思いその日はゆっくり休んで明日に備えましたが、深夜になるとまた不安が襲ってきて朝には動悸が激しくなり休みを繰り返してしまいました。

ついには2週間ほど休みを続けてしまいました。

精神科でうつ病・不安障害と診断される

2週間の休みを取っている間、同居人のバロガさんの勧めで心療内科と精神科が入っている口コミ評価の高いクリニックへ診察に行きました。

そこで、「うつ病」「不安障害」と診断されました。

仕事のことに加えて、中学時代でうけたいじめをたまに思い出し時折しんどくなることを先生に話したところ、これについても精神障害の要因だと言われました。

睡眠導入剤と抗うつ剤での薬物療法を開始しました。

 

仕事をクビになり無職に・・・

薬物療法を開始して薬が効いてる間は症状が緩和されてきたので2週間で休職を終えました。

しかし、会社で待っていたのは自主退職を促すクビ宣告でした。

そしてその週のうちに引継ぎをして退職となりました。

バロガさんは「しっかり休もう」と言ってくれましたが、収入がなくなると家賃などの生活費を負担させてしまうのが申し訳ないと思い、こっそり転職活動をはじめました。

転職活動はパニック障害との闘い

うつ病の原因の会社はクビにされて収入を失ったので、すぐに転職活動をはじめました。しかし、当時経理職の募集は少なく、あったとしても月収18万円未満ととてもじゃないけど報酬の少ない企業しかありませんでした。

また、転職活動で電話をかけたりかかってくる機会が増えましたが、「何かきついこと言われるのではないだろうか」と考えてしまい、通話中をとてもしんどかったです。

面接に行く際に電車に乗ることが多かったですが、乗客や通行人が「私のことを見て笑っているのではないか」「私に絡んでくるのではないか」などと被害妄想をふくらませてパニック発作を起こすことも少なくはありませんでした。

そんな中、クビになって1ヶ月で内定をもらい転職ができました。

転職先もうつが悪化してすぐにクビに

しかし、転職先で待ち受けていたのは明るい未来ではありませんでした。パワハラをする人はいませんでしたが、初日から残業を強いられるほどの仕事量に加えて上司の説明不足による仕事の間違いなどにより、うつが悪化してしまいました。

「これから休まずに仕事しなきゃ」

「迷惑はかけていられない」

このような無駄な義務感が精神障害を刺激して心身を削っていきました。そして、転職してわずか半月で休んでしまいました。

上司には精神障害を患っていることを正直に告白しましたが、後日それが原因でまたもやクビを宣告されました。

かなりショックを受けてしまい、それ以降会社には連絡を取ることができなくなり、荷物を置いたまま退職してしまいました。

自宅療養を決意

自宅療養をはじめた頃は、休んでいることに対しての申し訳なさと過去のつらい出来事を思い出してしまってのパニック発作で安らぐ日々ではありませんでした。

そんな中でもそばにいてくれるバロガさんと親身になって話を聞いてくれるクリニックの先生のおかげで重い症状は和らいでいきました。

そして、自宅療養を開始して1ヶ月が過ぎ、たまたま閲覧していた転職サイトに今働いている職場をみつけ、応募しました。

転職は成功!無理しないことが一番

薬物療法と周りの励ましのおかげで症状が和らいできたところで思い切ってもう一度転職を試みました。

「土日祝休みお盆年末年始休みあり」

「残業はまったくなし」

を謳い文句で募集していた企業に面接の応募をしました。

面接ではタブーとされている「収入の話」「休みや残業など求人内容通りか」「上司になる人はどんな人か」を聞いていました。それほど私には重要視することでした。

それでも100人以上の募集の中から私を採用してくれました。

そして、実際に働いてみて、上司は嫌味を言わずにとても優しく仕事を教えてくれて、毎日定時退社でき、土日祝はしっかり休めることができました。上司や仕事に追われない会社なんてあったんだなと感動しました。

おかげさまで、今の職場での勤務中に精神障害で悩まされることはありませんでした(それでも薬物療法は継続中です)。

今後の見通しと病気との付き合い方

仕事面でのストレスは、クビにされた会社にいた頃と比べて激減しましたが、それでも薬を飲み忘れた時や効果が切れた頃には、不安障害やパニック状態に陥ってしまいます。こればかりは今後も付き合っていかないといけないのかなと思っています。

今の会社は給与は高くなく退職金がありません。何十年も続けていく職場ではないなとは思っています。しかし、休みが多く勤務中も時間の余裕があるので精神衛生上とても良いです。

今は患っている精神障害を克服できるまでは今の職場で勤務を続けて、将来はもっと自分にとって条件のいい職場に転職しようと思います。

精神障害とは今後も精神科に通いながら付き合っていきます。いずれは卒業したいと思っていますが焦るのは逆効果なので、のんびりやっていきます。

 

ABOUTこの記事をかいた人

大阪府在住3羽と2匹のペットを飼うアラサー。 このブログでは私がこれまでに経験したことから今後経験していくこと、飼っている文鳥さんとうさぎさんと猫ちゃんのとても愛らしい姿、そして楽しい三十路ライフを迎えるための金策などを、誰にでもわかりやすくお届けしていく予定です。